小骨の欠片

まめかんの日常。

浅田次郎さんの『終わらざる夏』を読んだ

 涙する、というよりは胸が苦しい。


終わらざる夏 上 (集英社文庫 あ 36-18)

終わらざる夏 上 (集英社文庫 あ 36-18)


終わらざる夏 中 (集英社文庫 あ 36-19)
終わらざる夏 下 (集英社文庫 あ 36-20)


<あらすじ>
1945年8月15日――戦争が、始まる。

稀代のストーリーテラーが挑んだ物語の舞台は、玉音放送後に北の孤島・占守島で起きた「知られざる戦い」。日本を揺るがす新たな戦争巨編、ここに誕生!!

「占守=美しい島」で起こった悲惨な戦いを通じ、戦争の真の恐ろしさ、生きることの素晴らしさをうったえる感動巨編。
終戦65周年の夏、誰も読んだことのない、新たな戦争文学が誕生します。

西洋文化あふれる華やかな東京の翻訳出版社に勤める片岡は、いずれ妻とひとり息子とともにアメリカへ移住するのが夢だった。しかし、第2次大戦開戦により息子・譲を疎開し、片岡は妻・久子と東京に残ることに。理不尽な言論統制下で、いつかは人間本来の生の美しさを描いたヘンリー・ミラーの『セクサス』を翻訳出版するのだと強い信念を抱いていた。

そんな彼に、赤紙が届く。陸海軍の精鋭部隊が残留している北海道北部の占守島に米軍上陸の危機が噂されるなか、大本営の作戦本部は、敗戦を予見していた。そこで、米軍との和平交渉の通訳要員として、秘密裏に片岡を占守に運ぶ作戦が立てられたのだ。粉飾のため、2人の「特業」要員も召集された。地元・盛岡の貧しい人々のため働いてきた志高き医学生の菊池、熱河作戦と北支戦線の軍神と崇められた車両運転要員の鬼熊である。

上巻では、3人の占守島への旅を軸に、焼け野原の東京、譲の疎開先、鬼熊らの地元・盛岡の農村など、様々な場所でのそれぞれの「戦争」を、多視点で重層的に描いていく。


 浅田次郎さんはそこそこ読むけど、読書はあくまでも娯楽だと思っているので、正直テーマの重さに手に取るか結構迷った。決め手は、ちょうど今が8月だったから。あとは、舞台となる占守島(シュムシュトウ)のことをほとんど知らなかったこと。
 読み終わってから、
『終わらざる夏』公式サイト
 占守島.com
 といったサイトを見て後追いで勉強した。
 これから読む方は事前に目を通しておくとイメージがわきやすいと思う。


 手に取るまでは悩んだものの、読み始めるとあっという間だった。
 途中で、何かと評価が分かれる小説だろうな、と感じた。その印象は最後まで変わらなかった。

 というのも、いつもの浅田節に加えて、戦争小説としてはきわめて淡々としているし、ここを書いて欲しいのに……というところが書かれていなくて何かと消化不良のまま終わるからだ。
 戦争をテーマにしているけれど、戦場の描写は予想していたよりずっと少なく、それすら全体的にぼかした表現に徹していた。下調べの綿密さからリアリティを優先するかと思いきや、浅田次郎らしくファンタジー的な描写もあるし、人情話のボリュームも多い。浅田節は過去の作品と同じくらい強いといっていいと思う。
 まとめると、題材が題材なだけに、書き方次第ではわかりやすいメッセージにも劇的なラストにもなったのにあいまいなままで終わった点と、浅田節の好き嫌いにも感想はわかれると思うので、そのあたりで賛否ありそうだな、と。

 とはいえ、私のようにこれまでノンフィクションなどに手が出なかった層にとっては、読みやすいし考えさせられるし、おすすめ。浅田節が苦手だったらどうしようもないけど、いろんな人に読んでみてほしいと感じる読後だった。
 やっぱりこの先ずっと目をそむけたまま、なにも知らないまま、なにも伝えられないままじゃいられないと思うから。それに、切り口がちょっと変わっている。上手く言葉にできないけれど、人の命以外に戦争が奪ってしまうものを、ありったけ伝えようとしていると思う。特に、ラストはそういうことなんじゃないかなと。
 難しいテーマだからこそ、いろんな角度から一つでも二つでも触れてみたい、関心を持っていたい人にはうってつけじゃないかな。


『終わらざる夏』での試みとして、実際に前線で戦う男性だけでなくて、動かす側の参謀、残される妻、親、疎開する子どもなど、その時代を生きた人たちのコミュニティーやシステムをまるまる描こうとしていた点があると思う。
 この小説にはものすごくたくさんの人たちが出てくる。しかも、田舎、都会、中心、末端、老若男女とみごとにバラバラ。ありとあらゆる事情を抱えた人たちが出てきてそれぞれの立場からそっと理不尽を訴えてくる。そして読者は登場人物たちに感情移入し、少しでも幸せなラストがあることを願ってどんどん読みすすめてしまうのだ。

 そうしたシステムやコミュニティーの描写で、特に印象に残っているのは赤紙の下り。
 赤紙の意味は習う。だけど、実際にどういう手順を踏んでその人が選ばれ、赤紙が届けられるかなんて考えたことがなかった。

たとえばある作戦を遂行するのに必要な兵隊の概数があって、それが段階を踏むにつれ、具体的な数字になり、ある個人の名前に特定されていく。(中略)一番つらいのは、召集令状そのものを自分の知っている人に届ける役目の人ではないですか。(中略)戦争末期には、召集令状を書くにしても、届けるにしても、知り合いだらけだったことでしょう。

浅田次郎のインタビューより>

 戦争をする中でそういう仕組みができて、そういう仕事をする人ができて、赤紙が届く。その仕組みに組み込まれたがゆえに、末端にいて個人を決める役場の担当者は自分の肉親から真っ先に名前を書いて、赤紙を届け、母から「鬼だ!」とののしられる。

 一方、予期せぬ赤紙が届いた主人公の片岡は44歳。岩手から上京し、必死で勉強し、英語を学び、神保町の出版社で翻訳を担当する編集者だ。いつか妻と息子とニューヨークで暮らすという夢も持っている。
 そんな片岡は、終戦のわずか一ヶ月前、年齢としてもあと一ヶ月で兵役の対象年齢からも外れるというぎりぎりのところで招集を受ける。主人公の設定について、浅田次郎はこう述べている。

片岡というのはいわば国民の代表なんですよ。
よくよく考えてみれば、兵隊とは、お百姓さんであったり、サラリーマンであったり、それぞれ別の職業を持っている人たちなんですね。そういう人たちにある日突然召集令状がきて、一週間以内に兵隊にならなければいけない。
すべての国民が、戦争を遂行するためのシステムに組み込まれてしまった。その意味でこの小説は自由を奪われたさまざまな人々の群像劇でもあるんですよ。
浅田次郎のインタビューより>

 片岡は招集を受けたと連絡をもらってから、仕事の引き継ぎを決め、これから妻が生活していく家をどうしようかなど、ばたばたと身辺整理に追われはじめ、そして一週間後、招集先に向かう列車にわけも分からずに飛び乗る。
 もちろん、片岡だって、その奥さんだってすごい動揺するんだけど、いくら嘆いたって逃げ出すわけにもいかず、目の前にはどうにか一週間で折り合いをつけていかなきゃいけないこともたくさんあるわけで。
 片岡が赤紙に呆然としながら住居の手配や賃金についてのやり取りを始める様子や心境を追いながら、招集を受けるってこういうことだったのか、と遠くて想像しようにも想像がつかないと思っていたことが少しずつ自分の中に落ちてくる気がした。
 彼らが一つひとつの行動を積み上げていくたびに、68年前の世界が広がっていく。そういう一人ひとりの人生が交わった結果、どんどん戦争末期の生活が、空気が、思いが生々しく浮かび上がってくる。

 こうやって、戦争の中で生きる登場人物たちの物語は、終戦後に開戦するという大きな矛盾を抱えた占守島の戦いでクライマックスを迎える。
 終戦後に開戦ってどういうこと?意味が分からないって思うけど、それは登場人物たちも同じ。そんな戦いでも、最後までわかりやすい悪人なんて出てこない。誰もが哀しいこと、やりきれないこと、苦しいことをどうにか飲み込んで、混沌とした“何か”に操られるように、あるいは、それぞれの“義”のために、戦争の一角を担っていくのだ。


 繰り返しになるが、生き生きと登場人物が動く一方で、『終わらざる夏』には物語中で書かれなかったために、登場人物やテーマに関してあいまいなこと、わからないこと、納得がいかない結末がいくつもある。
 もちろん、読み終わってから追加で勉強して理解できたこともあるので、一概に書き方のせいとは言えない。とはいえ、私の知識不足をおいても、もやもやする部分は残ると思う。

 だけど、この小説はこれでいいのかもしれない。
 簡単に語ってしまえるほど軽くはないし、戦争を知らない私が戦争を知ろうとすることは、読み終わった時に感じたもやもやを少しずつ、少しずつ、紐解いていくところから始まると思うから。

『終わらざる夏』の魅力は教科書に名前が残らないような、ごくごく普通に生きてきた老若男女の心情を事細かに描写し、一人ひとりの抱えるやりきれない思いを提示し、自分と重ね合わせられる点にあると感じた。これは浅田次郎ならではの魅力だといえるんじゃないかな。

「もし私が彼・彼女だったら」

 そうやって問いかけながら、彼らの人生に自分を重ね合わせて読み進めている時、彼らの人生の先に今があるんだなとしみじみ感じた時、『終わらざる夏』を手に取ってみてよかったなと思った。

 もう一つ、読んでよかったなと思ったのは、疎開していた子どもたちのくだりと女子学生たちの可愛い恋愛があったこと。まあ、描写が美しすぎるといえばそうなんだけど、それが小説の醍醐味だと思う。希望や温かさがあってほっとしたし、きゅんとしたし、うるっときた。

 私たちには明日があって、未来の約束があって、選ぶ自由がある。
“当たり前”がきらきらと輝いて、かけがえのない日々だと思わせてくれる。
 こうやって無駄にブログ書いたり、おいしいもの食べたり、恋したり、遊んだり、語ったり、本読んだり、そういうことが自由にできる日々があるって特別なことだなーって。

 これからも、夏が来るたびに思い出す、68年前をグッと近く感じる一冊。
 


 勢いで書いたので本当にとっちらかった感想になってすみません。万人向けとも、必読とも言えないけど、気になったら読んでみてほしいです。
 ちなみに、AKBのナツイチ企画の対象だったので、私と同年代の女の子がどんなことを感じたのかなーってことも気になってます笑
 もう公開終了しちゃったみたいなのでちょっと残念です><
 ナツイチ2013 | 集英社文庫

 あと、同じく戦争をテーマにした小説では、現在大ヒットしている『永遠の0』も題材や毛色はまったく違いますが、とっても良かったです。映画の予習にもぜひ!

永遠の0 (講談社文庫)

永遠の0 (講談社文庫)